2009年09月18日

小心者の真臘体験記:〜二度目のCamTESOLツアーを終えて〜(2009年3月号)

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(カンボジア料理店Malisにて。摂南大学の植松茂男氏と)


2009年2月22日 バンコク 22:00(現地時間<注1>)。
 バンコク、スワンナプーム国際空港<注2>を小走りに駆けながら、ここはe-dream-s(それとも私だけ?)にとって鬼門の地になってしまったことを確信した。

 前年は、プノンペンへの乗り継ぎの際、Brianとはぐれ、彼が「end of the world」まで連れて行かれた場所。それに、シェムリアップからの帰路の便が遅れ、乗り継ぎのためメンバー5人と係員とでダッシュした思い出の地。

 昨年11月、反政府勢力がこの空港を封鎖した<注3>影響で、昨年利用していた大阪を夜出発する便がなくなり、我々の利用便も個別の事情でバラバラになってしまった。担任するクラスの事情が悪化の一途をたどっていたため、できるだけ早めに帰国する都合上、行きと帰りの便の経由地、会社を変えざるを得なくなった。正直、この便がなくなったのは私の経済には大きなダメージとなった<注4>。
 そして、今回の帰路。今回もプノンペンからバンコクに向かう便が50分遅れた。トランジット時間は2時間。イライラ、ヒヤヒヤしながら、しかも今回は一人きりなんで不安もさらに大きい。幸い、前の方の席であったのでダッシュで外に向かう。昨年も反対側にしばらく行った後引き返すことになったが、今回も数十m走ってから逆であることに気がついた(この空港、到着ゲートから出てきた分岐点には何の表示もない)。今回もまた同じやな、と舌打ちをしながらも、無事チェックインカウンタを見つけ、手続きを済ませた。22:20までに搭乗ゲートに行くよう書かれていたが、着いたのは22:15。今年も心臓に悪い道中となった。

 バンコクでのことばかり書いてきたが、今回の旅も、収穫の多い旅となった。小心者の私にとって、見習うべき人、点をたくさん見つけることができた。


2009年2月20日(金) 香港 16:30<注5>
 河野、辻岡両先生と朝から行動を共にしている。香港からプノンペンに移動する便が30分遅れる。この間、お二人の動じない姿が印象に残った。日本からの便で機内食を食べ、トランジットで寿司を食べ、さらにプノンペンまでの便でも機内食を平らげる(トランジットのラーメンがこたえ、Malisで食べられなくなることを恐れた私はパスした)姿もさることながら、二人して物事に動じない。小心者の私はというと、前日に必死こいてしゃべる原稿をとりあえず書き、持ってきていたが、飛行機の中でせっせとその作業をしている二人に感動さえ覚えた。心配性の私は基本的に時間よりかなり早目に動く。飛行機への乗り込みも、列が動き出したら気になってしようがない。しかし、お二人は動じない。フライトが遅れても、列が動き出しても、実にゆったりである。その余裕たるや、まさに大物の風格であるように思えた。メコン川が見え、着陸態勢に入ってもまだ書き続けられる、そしてほぼ機内で書き終えてしまう辻岡先生はスゴイと心から思った。


同日、プノンペン 20:00
 無事にみんなと合流し、カンボジアレストラン、Malisへ。昨年も食べに行ったところだ。館内で唯一、冷房の利く部屋で、快適に食事を楽しむ。香草の類が苦手な私は、恐る恐る手を出してはいたが、食べているうちに少しずつ慣れてくるようである。克服することはできそうにないが、おいしく食べることができそうである。特に、魚がおいしい。メコン川、トンレサップ川などで獲れた魚がメインになってくるが、川の濁った水、それに見た目のイカツさからは想像できない新鮮な、臭みのない味が口内を楽しませてくれる。塩や醤油との相性もばっちりである。昨年は最後まで慣れることができなかった地元の味。次回はもっと美味しく感じられたらいいな。

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(左:Malisで食べたメコンで獲れた魚。右:Bati Restaurantで出された焼魚)




2009年2月20日(金) プノンペン 午後
 自分たちの発表のことは報告集に書くことにして、他の人達の発表について書いてみたい。Sokhomの発表ものぞいてみた。授業の最初の15分をどうWarm Upするかということで、ゲームや物語、音楽を用いた様々な実践を紹介していた。

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(Sokhomの発表。左にはモデルとして飛び入りした塚本先生の姿も。)


 若干クセはあるものの、スラスラと、笑いを引き起こしながら会場を引き込んでいく彼女の姿は圧巻であった。紙を読みながらでも詰まりまくり、声があまり出なかった自分とのあまりにも大きな違いに、もっとしっかりやらんと、と気持を新たにした。

 辻・河野先生のプレゼンテーションでは会場がまさに一体化した、大きなコラボレーションがひきおこされた。最初は恥ずかしがってなかなか大きな声が出なかった参加者も、辻先生、河野先生のテンションに乗せられ、少しずつ声を出したり鏡で確認していったりしていくのがみていてわかる。現場で音が本当に直っていく瞬間にも遭遇できた。クリアすべき問題はたくさんあるが、何年か後にアクロスプノンペン支部が立ち上がり、カンボジアで鏡片手に発音訓練が行われている、なんて未来予想図も夢物語ではなくなるかもしれない予感がもてた。

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(左:CamTESOLでの発音訓練。ストレッチの1シーン。文字通り会場が一体化した
 右:鏡を手に第6口形を練習する参加者。(田中恭子さん撮影))


 この日最後の井川先生、辻岡先生の発表は、ここがカンボジアであることを改めて実感させてくれた。暑い中ずっとプロジェクタが使われている。その熱に何度も安全装置が働き、電源が落ちてしまう。扇げばいいものを、AVサポートの女性は何の対策も立てず、あまりヤル気を感じさせない対応であったのが残念であった。会場は満員。そのボルテージもスライドが消えるたびに一瞬現実に引き戻されてしまうのがもったいなかった。


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(井川・辻岡先生の発表)


 3つの発表は好評のうちに終了した。撮影、資料の配布やアンケート回収など、各班のプレゼンの場でかいがいしく動いてくださる田中さんの写真に写らない功績には感謝感謝である。


2009年2月20日(金) プノンペン 19:30
 パーティの場にSokhomも合流し、浴衣とサンポットホール<注6>とのコラボは、今年は好天に恵まれたパーティ会場に彩りを添えた。

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(左:パーティ前にパチリ。 右:Sokhomと塚本先生)


 自身の発表の後も、CamTESOLの関係者としての仕事もこなし、パーティ会場に合流した。この小柄な体のどこにそれだけのエネルギーがあるかと思わせる彼女のエネルギーに舌を巻きながら、浴衣でちょうど心地良い、30℃を超えるプノンペンの夜を満喫した。


 バンコクで汗と冷汗をかくことになったが、結果的には、関西空港には時間通り到着し、学校には遅刻することなく、朝のSHRから何食わぬ顔をして顔を出すことができた。自分の英語をどげんとせんといかんと感じさせる場面も多く、反省することしきり。まだまだこれでは終われない。オオモノへの進化は、ぜひ次の機会に。


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<注1>
 タイ、およびカンボジアの時差は−2時間。日本時間にするには2時間足してください。

<注2>
 Bangkok, Suvarnabhumi International Airport: タイ、バンコクの新しい空の玄関口。旅客ターミナルビルの総床面積563,000uは世界一の広さを誇る。「スワンナプーム」とは「黄金の土地」という意味で、タイ国王が命名。http://www.thaiair.co.jp/special/nbk/

<注3>
 2008年11月26日から9日間、反政府運動の支持者たちが空港や空港に通じる道路を封鎖した。http://sankei.jp.msn.com/world/asia/081126/asi0811260058000-n1.htm

<注4>
 往復運賃にしか適用されない、いわゆる格安チケットが利用できなくなったので、往復のエア代で20万を超えてしまった。

<注5>
 香港との時差は1時間。ちょうど日本とカンボジアの間です。

<注6>
 カンボジアの民族衣装。「サンポット」が「スカート」、「ホール」が「絹絣」の意味。結婚式や宗教行事などの公式の場で用いられる正装。http://www.tufs.ac.jp/common/fs/ase/cam/komado/cam/orimono/links/shurui.htm
posted by e-dream-s at 00:30| Comment(0) | 仙崎 裕右
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