2009年09月17日

英語によって開かれる扉:深夜のホーチミン空港で思ったこと(2009年3月号)

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(プノンペン郊外にある遺跡 ワット・タ・プロームで遊ぶ子供たち)


CamTESOLカンファレンスツアーの帰り、関空行きの便に乗る人たちと別れ、福岡行きの便への搭乗をホーチミン空港で一人待っていた。プノンペンからホーチミン、そして福岡へと帰る。深夜の人の少ない空港に一人でいると、寂しさと同時に、不思議な満足感というか充足感が湧き上がってきた。こんなに遠くまで、よくやって来たなあ、という思い。この場合の「遠く」は物理的な遠さというより、心理的な遠さである。

私は英語を話すのが大の苦手だった。英語が好きだから外国語学部に入ったはずなのに、英語を話すことに自信がなく、帰国子女や外資系企業への就職を目指す英語の上手な学生の影に隠れて、何とか大学生活をやり過ごした。教員になってからも、ALTと話すのはちょっと苦痛で、研修会ともなれば、留学経験のある同僚の影に隠れて、英語を話す番が回ってこないことを密かに願っていた。そんなことではいけないと、アクロスに入り、いろんな経験の場をいただいた。e-dream-sでは、更なる活動の場が次々と生まれてきた。英語を話すのが苦手だなんて言っている場合ではなくなった。そして今、英語を使って旅の準備をし、英語で現地の人々と交流をし、こうして一人で帰りの飛行機を待っている自分がいる。

e-dream-sはカンボジアで教育支援活動を行おうとしている。カンボジアの英語を学ぶ若者を支援することが目的であるが、同時にそのプロセスで私たちが得ることは計り知れない。詳細は後日発行する報告集で述べるが、今回の訪問では、カンボジア一の施設を誇る英語学校であるACEのディレクター、カンボジア人ボランティアを支援する団体Youth Starの職員とボランティアの若者とのミーティングをもった。彼らとの事前の打ち合わせ、当日の話し合いはすべて英語で行われた。ミーティングをアレンジするには、何度もメールをやりとりする。出発の直前には日に何度もやり取りすることがある。帰国してからも、やり取りは続く。今回に限らず、e-dream-sの活動ではこれまでもこのような機会がたくさんあった。そんな経験を積み重ねながら、私の中の英語を話すことへのコンプレックスは少しずつ小さくなった。そして、そのお陰で多くの人たちと知り合い、たくさんの面白い経験を一緒にすることができた。


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(CamTESOLで発表するソファ)



カンボジアでは英語教育熱が高まっている。英語が話せることはいろんなチャンスに結びつくからだ。トゥクトゥクドライバーも英語ができれば、多くの客を得ることができる。もっと英語ができるようになれば、より給料のいいツアーガイドとして働くこともできる。ソコムは、彼女の優れた資質ももちろんだが、英語ができることから日本への留学を勝ち取ることができた。彼女の友人のソファも、英語を話す優秀な若者で、6月6月から一橋大学に留学することが決まっている。ソコムの幼馴染のカニャリットも英語が堪能 CamTESOLで発表するソファ
で、現在アリゾナ大学に留学中である。彼らは留学後、
祖国の発展のために教育に取り組みたいと言っている。英語が彼らの人生の扉を開き、そしてそこで得た力をさらに多くの人々の人生の扉を開くことに使おうとしている。

それは私も同じである。英語を話すことができたお陰で彼らと出会い、彼らの助けを借りながらカンボジアでの教育支援を始めようとしている。いつまでも「英語が苦手で恥ずかしがり屋の私」でいたのでは、こんな経験はできなかった。そして、これらの経験を通じて学んだことの中には、毎日接する生徒たちに伝えたいことがたくさんある。この地球には、いろんな文化があり、さまざまな考え方、暮らし方をしている人たちがいること。そしてその多くの人たちと英語を通じてつながり、学びあうことができること。

「ちょっと、この鞄さ、見とってもらえますか?」と、母と同じくらいの年齢の女性二人組みから博多弁で声をかけられた。搭乗の時間が近づいてきて、深夜のロビーにもだんだん人が増えてきた。明日の朝、飛行機が福岡に着いたら、また生徒たちとの日々が始まる。体はクタクタだけれども、心が元気なのは、この新しい経験をどんなふうに生徒たちに伝えていけるだろうか、と考え始めているからだ。



posted by e-dream-s at 00:34| Comment(0) | 塚本 美紀
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