2009年10月19日

小人物の社会貢献

本当に政権交代してしまいましたね。なんだかお坊ちゃんぽくて頼りなげだった鳩山さんも、趨勢がはっきりして来た選挙終盤から、なんだか貫禄が出て来て、今はちゃんと首相に見えるから不思議です。

我が家では、政権交代でこれから日本はどうなるのか、などという高尚なことは話題に上らず、話すのはもっぱら高校無償化、子供手当て給付のことばかりです。特に妻は「子供手当給付とか高校無償化なんて、今頃遅いんじゃ!」と怒り心頭であります。確かに、共働きで大学生の子供3人の我が家では、子供手当は給付されないし、扶養控除が廃止されたら税金は上がるしで、いいことなんか1つもありません。

悔しいので、少し調べてみました 。みなさんご参考に。
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posted by e-dream-s at 19:04| Comment(0) | 辻 荘一

2009年09月29日

ハーシーとゴディバ(2009年4月号)

今はもうしていないが、かつて父はテニスをしていた。子供の頃、いつもは「オジサン」だと思っていた父が、半ズボンでテニスをしている姿を見ると、ちょっとかっこよく見えたものだ。父の通っていた大学、私も同じ大学に通ったのだが、その大学の隣には戦後しばらく米軍キャンプがあった。貧しい敗戦国の、しかも地方の小さな大学にはテニスコートなどなかった。そんなある日、父たちテニス部の学生は米軍キャンプの中に、緑の芝生の立派なテニスコートがあることを知り、英文学の先生の研究室に行って、米軍にそのコートを使わせてもらえるよう頼む手紙を書いてもらった。「その時、大学の先生っちゃあ、すごいなあっち思った。お父さんが日本語で言うのをその場でカチャカチャ、タイプで打ってくれたんよ。」と、これまで何度も同じ話を聞いたことがある。その手紙のお陰で、父たちは時々米軍キャンプの中に入ってテニスをすることを許された。その中で、見たもの、経験したことは、びっくりすることばかりだったと言う。トイレに入ったら、紐がぶら下がっていたので、恐る恐る引っ張ったら、水が流れ出して、トイレを壊してしまったのかと、しばらくその場を動けなかったらしい。売店には見たことのない物がたくさん売っていて、コーラやハーシーのチョコレートを時々買って食べるのが楽しみだったという。70歳を超えた今でも、父はコーラやハーシーのチョコレートが大好きだ。私がベルギーで買ってきたゴディバのチョコレートよりも、あの少しざらざらしたハーシーのチョコレートのほうがおいしいと言う。私もハーシーのチョコレートは好きだが、ゴディバよりもおいしいと言う父には到底同意できない。

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posted by e-dream-s at 00:18| Comment(0) | 塚本 美紀

2009年09月27日

締め切りのある人生(2009年4月号)

3月から4月にかけては人事異動の季節である。同僚が去り、新しい同僚がやってくる。同僚が去るのは転勤が一番多いが、最近は定年退職が増えた。

定年退職すると新年度の離任式や歓送迎会で挨拶をすることになる。挨拶は一様に感謝の気持ちを述べるが、他は様々である。定年後の生活の楽しさを語る人、寂しさを語る人、何を言いたいのかよく分からない人。もちろんそんな式や会には一切来ない人もいる。
私は今まで離任式には行ったことがない。去る者に何が言えるのかという気持ちがある。もちろん感謝の気持ちなら述べてもいいけれど、新年度になってしまえば、気持ちはすでに新しい職場にあるのである。
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posted by e-dream-s at 00:00| Comment(0) | 辻 荘一

2009年09月26日

アラフィーの4月(2009年4月号)

実は、3月末から4月初め、所謂春休みの期間は、私にとって1年の中でもちょっと憂鬱な時期なのである。学校でも会社でも、卒業や転勤、異動があり、否応なしに別れがやってくる。せっかく、慣れて、仲良くなった人たちとの別れは寂しい。それまで作ってきた自分にとっての快適な環境から抜け出るのはなかなか勇気が要る。勿論、悲しいばかりではなく新しい出会いもあるわけで、それはそれで楽しみではあるのだが、人見知りで人間関係を作るのに時間が掛かる私は、年度当初のこの時期に特に苦手意識がある。

まあそんな個人的なことはどうでもよくて、例に漏れず、私の職場でも退職、異動があって、スタッフの平均年齢がまた一段と若くなった。ほんの数年くらいまで職場では若い層だったのに、一気に年長の層に突入して、職場での位置や役割が一気に変わってきている。これまで助けてもらうことが多かったのが、気が付くと助ける側に立たされていることにとまどうことも多い。自分の仕事さえきちんとしていればいいというだけではなく、周りを見て自分の行動、立ち位置を考えることも多くなっている。自分がどう動くのが皆のために一番よいのかを考えるようにしよう!と心がけてはいるのだが、何だか落ち着かない。アラフィーのこの年になって、やっとそんなことに気づくなんて、皆さんに比べたら随分遅いのかな、とも思うけれど…ね。
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posted by e-dream-s at 22:40| Comment(0) | 中川 房代

2009年09月23日

プノンペン最終日、おまけの旅を終えて(2009年3月号)

人は、何を生き甲斐とか働き甲斐とか、幸せと思うのだろう。

英語を使う仕事から離れて、年明けから新しい職場で働き始めた。大好きな英語を仕事の道具にすることに限界を感じて決めたこと。しかし、自分の心の中は、英語力の衰えvs 英語ストレス・プレッシャーからの放免。来年、5年後…、自分はどうしたいのかな。そんなモンモンとした気持ちの中で今年はプノンペンへと旅立った。

2月23日(月)、プノンペンを発つ最終日。朝食後、ホテルからトゥクトゥクに乗って5分程のオールドマーケットに行った。生鮮食料品を多く扱うマーケットで、カメラを手に歩く観光客は、私達ぐらいだった。さばかれた鶏や豚が部位ごとに生々しく釣り下げられ、頭と身が切られても川魚はまだピクピク動いている。野菜や肉魚を切る刃物は、もう何年と同じ物を使っているのだろう。魚は昔のブリキ製の衣装ケースのような物に入れられて運ばれる。中古品のような雑貨や素材の劣る衣類も所狭しに店に並ぶ。続きを読む
posted by e-dream-s at 00:07| Comment(0) | 田中 恭子

2009年09月22日

My impressions of Cambodia, Feb. 2009(2009年3月号)

After visiting Phnom Penh just last year, I didn’t expect things to have changed much. But traveling from the airport into the city I noticed lots of new, fancy buildings in the process of construction or newly built. It seems progress is being made and the country is developing, but the rest of my visit reminded me how far things still have to go. Meeting with the organizers of the Youth Star volunteer program, and hearing about conditions in the countryside, reminded me that judging a developing country by its cities is a dangerous thing to do. Our meeting with the director of ACE also reminded me that the progress I had noticed was very new and very fragile growth. It’s still too early to tell what effects the downturn in the world economy will have on Cambodia, but it definitely will have an impact.

My other strong impression was a renewed and deepened sense of how warm, friendly, and sincere the people in Cambodia are. Meeting Sokhom again and getting to know her family was a wonderful opportunity for us. Even the taxi and tuk-tuk drivers we encountered seemed honest and no one tried to take advantage of us. The last several times I visited neighboring Thailand I have had awful experiences with taxis so I was very impressed this hasn’t become the case in Cambodia. I hope the country can develop without loosing the charm that distinguishes it from neighboring countries.
posted by e-dream-s at 23:17| Comment(0) | Brian Nuspliger

2009年09月21日

老眼鏡(2009年3月号)

人間誰でも年を取れば、年相応に老ける。私ももう53歳、まもなく54だ。自分も老けていく。そんなことはもちろん分かっているし、年を取って行く自分の姿を毎日鏡で見てもいるはずなのだが、自分の老けを本当に実感しているかというと、そうでもない。

20代前半の頃、子供に「おじさん」と呼びかけられた事がある。自分では「お兄さん」だと思っていたのに、その子にとっては、そしておそらく多くの小さい子供たちにとって、自分が「おじさん」だったことを知り、少なからずショックを受けた。今だに覚えているのは、そのショックが結構大きかったということだろう。
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posted by e-dream-s at 00:08| Comment(0) | 辻 荘一

2009年09月20日

CamTESOLツアーを終えて(2009年3月号)

2月下旬、昨年秋から準備を重ねてきた「CamTESOL2009・カンボジアツアー」を無事に終えました。カンボジアに行かれた皆さん、CamTESOLでの発表、年度末の多忙なスケジュールを縫って参加、お疲れさまでした。また、残念ながら今回カンボジアを訪れることのできなかった皆さん、日本やアメリカなどから、ブログを通じての応援、ありがとうございました。

皆さんのおかげで、CamTESOLでの3本の発表の成功、ソコム先生との再会、英語を教えるボランティアグループの学生とのミーティングなど、e-dream-sの「カンボジア・プロジェクト」に向けて大きな前進がありました。

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posted by e-dream-s at 21:50| Comment(0) | 中川 房代

2009年09月18日

小心者の真臘体験記:〜二度目のCamTESOLツアーを終えて〜(2009年3月号)

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(カンボジア料理店Malisにて。摂南大学の植松茂男氏と)


2009年2月22日 バンコク 22:00(現地時間<注1>)。
 バンコク、スワンナプーム国際空港<注2>を小走りに駆けながら、ここはe-dream-s(それとも私だけ?)にとって鬼門の地になってしまったことを確信した。

 前年は、プノンペンへの乗り継ぎの際、Brianとはぐれ、彼が「end of the world」まで連れて行かれた場所。それに、シェムリアップからの帰路の便が遅れ、乗り継ぎのためメンバー5人と係員とでダッシュした思い出の地。

 昨年11月、反政府勢力がこの空港を封鎖した<注3>影響で、昨年利用していた大阪を夜出発する便がなくなり、我々の利用便も個別の事情でバラバラになってしまった。担任するクラスの事情が悪化の一途をたどっていたため、できるだけ早めに帰国する都合上、行きと帰りの便の経由地、会社を変えざるを得なくなった。正直、この便がなくなったのは私の経済には大きなダメージとなった<注4>。
 そして、今回の帰路。今回もプノンペンからバンコクに向かう便が50分遅れた。トランジット時間は2時間。イライラ、ヒヤヒヤしながら、しかも今回は一人きりなんで不安もさらに大きい。幸い、前の方の席であったのでダッシュで外に向かう。昨年も反対側にしばらく行った後引き返すことになったが、今回も数十m走ってから逆であることに気がついた(この空港、到着ゲートから出てきた分岐点には何の表示もない)。今回もまた同じやな、と舌打ちをしながらも、無事チェックインカウンタを見つけ、手続きを済ませた。22:20までに搭乗ゲートに行くよう書かれていたが、着いたのは22:15。今年も心臓に悪い道中となった。

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posted by e-dream-s at 00:30| Comment(0) | 仙崎 裕右

2009年09月17日

英語によって開かれる扉:深夜のホーチミン空港で思ったこと(2009年3月号)

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(プノンペン郊外にある遺跡 ワット・タ・プロームで遊ぶ子供たち)


CamTESOLカンファレンスツアーの帰り、関空行きの便に乗る人たちと別れ、福岡行きの便への搭乗をホーチミン空港で一人待っていた。プノンペンからホーチミン、そして福岡へと帰る。深夜の人の少ない空港に一人でいると、寂しさと同時に、不思議な満足感というか充足感が湧き上がってきた。こんなに遠くまで、よくやって来たなあ、という思い。この場合の「遠く」は物理的な遠さというより、心理的な遠さである。

私は英語を話すのが大の苦手だった。英語が好きだから外国語学部に入ったはずなのに、英語を話すことに自信がなく、帰国子女や外資系企業への就職を目指す英語の上手な学生の影に隠れて、何とか大学生活をやり過ごした。教員になってからも、ALTと話すのはちょっと苦痛で、研修会ともなれば、留学経験のある同僚の影に隠れて、英語を話す番が回ってこないことを密かに願っていた。そんなことではいけないと、アクロスに入り、いろんな経験の場をいただいた。e-dream-sでは、更なる活動の場が次々と生まれてきた。英語を話すのが苦手だなんて言っている場合ではなくなった。そして今、英語を使って旅の準備をし、英語で現地の人々と交流をし、こうして一人で帰りの飛行機を待っている自分がいる。

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posted by e-dream-s at 00:34| Comment(0) | 塚本 美紀